生きづらさの連鎖を断ち切って、自分も、こどもも、大切に。

子どもの才能を伸ばしたいけど…私の子だからこんなもの?と思ったら

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HSP/きょうだい児/うつ経験者。2013年生まれ男児の母。

生きづらいママをサポート&生きづらさの連鎖を断つ為の情報を発信します。

現在HSC(ひといちばい敏感な子)の安心基地(オンラインコミュニティ)の構築メンバーとして活動中。

傾聴サービスや講演活動を準備しつつ、ツイッターで、HSP/HSCについて・生きづらさを抱える人・育児に悩むお母さんを励ますつぶやきをしています(@hiroeaaa1976)

 

こんにちは。『お話しをじっくり聴く傾聴サービス』を準備中のヒロタです。

 

先日YouTubeを見ていて、「あ、このチャンネルいいな」と思ったのが、精神科医の樺沢紫苑さんの『樺チャンネル』

精神科の先生のチャンネルということで、メンタルケア的な内容がメインなんですが、明るいタッチ。

しかも動画1本が3~5分程度と短いのでさくっと観終ります。

 

短い中に濃い内容がわかりやすく語られている、おすすめチャンネルでした。

 

その中に、子どもの能力の伸ばし方のヒントになる動画があったので、ご紹介します。

 

そして、これをきっかけに『頭ではわかっているけど、子どもの可能性を信じきれなかったり、冷静に子どもの適性をみられないのはどうしてなんだろう?』ということについて考えた、私なりの答えを書きます。

 

子どもは無限の可能性を持っている

 

5分弱の動画なので、子育て中の方には是非観て欲しい内容です。

 

動画を今すぐ観られない環境でこの記事を読んでいる人の為に内容を要約すると、

 

1)子どもには無限の可能性がある

2)その無限の可能性を理解せずに、今ちょっと成績がいいとか悪いとかで、子どもの可能性を決めつけているのが親や教師である

3)親や教師が「この子には無限の可能性がある!」と信じて接していると、子どもは素晴らしい成果を出していく

4)ただし、人には『適正』というものがあるので、その子の『適正』にあった方向に合わせて応援することが大切

 

全体的になるほど~と思ったんですが、特に3)と4)については、知識としては分っているけれど、なかなか実践するのが難しい現実があって、でも一番大事なことだと感じました。

 

どうして一般論としては分るのに、自分の子育ては難しいのか?

 

考えてみて、すぐに思い当たることがあったんです。

 

それは、「この子は、私の子どもだから」という思い込みフィルターの存在

 

親の思い込みと希望が『才能』を決める?

子どものありのままの適性よりも、親基準で考えてしまうリスク

 

我が子の可能性や適正について考える時、ついつい自分基準を元に考えてしまう、ってことはありませんか?

 

■自分たちが今までやってきたこと=可能性(これまでの成績、仕事での成果、社会的に得た評価などなど…)

■自分が出来ること=適正(文系だとか理系だとか、音楽が得意とか手先が器用だとか…)

これらを前提にして、

 

わたし(と夫または妻)の子どもだから、

私たちに似ているハズだから、

この子こうだろう。こうなるはず。こうなるべき。etc…

 

 

例えば、私は人付き合いが得意じゃないので、息子がごく小さい頃から「お友だちがいない公園に行きたい」とか「僕は一人で遊びたいんだよ」と言うのを聞いて、「あぁ、私の子どもだから社交性が低くて当然だな」って思ったり。

 

プラスの面で言うと、私の父は職人だったし私自身も手先を使う作業が好きなので、「私の息子だからきっと手先が器用だ」と思い込んだり。

 

自分(と自分の夫または妻)の子どもだから、そんなに才能はないとか対して出世しないだろうとか、反対にここまで出来るはず、これが向いているはず、という思い込みがあって、それに沿って子どもを育てていく人は多い気がします。

 

親と同じ職業につく人が一定数いるのは、もちろん『適正』が遺伝する+親がやっていることを小さい頃からそばで見られる『環境』の影響があるのは否定しないんですが、親の思い込み(と希望)による『誘導』も少なからずあると思うんですよね。

 

自分に自信がある人が「私の子だから才能があるはず!」と思って、子どもにプラスの言葉かけをしながら育てるのはすごくいいことだと思います。

 

結果的に子ども本人も自信を持てて自己評価が高くなるし、才能を伸ばせることも多いと思います。

 

ただ、『私は○○の才能があるから(それで成功したから)我が子も出来るはず』という思い込みが強すぎたり、先走り過ぎたりすると問題が起こります。

 

子どもは親の分身ではない

 

親子だからと言って、かならず適正が同じとは限らない訳です。

 

そのことに親が気づかないで(気づいても認めたくなくて)「私の子だから出来るはず!!!」と、無理無理『誘導』すると当然子どもはつらくなりますよね。

向いてないことで成果を求められるのもつらいし、親の期待に応えられないことに対するつらさもある。

 

反対に親自身が自己肯定感が低いと、自分の子どもの『無限の可能性』に対しても最初からそんなものないと諦めてしまったり。

逆に親に自信がない分、子どもに過剰に求めてしまって、本人が望まないし適正もない方向に向かって歩かせようとしてしまったりする。

 

どちらの状況も、本来の無限の可能性を伸ばせない、という点は一緒です。

そして、その理由は親が持っている『自分の子どもだから、○○だろう・・・』という先入観、決めつけです。

 

でもね、自分の子どもって、自分の分身じゃないんですよ。

別の人間です。

親から色んな要素を遺伝して生まれてきてることは確かだけど、それでも一人の別の人間。

 

ここを一歩勘違いしてしまうと、才能を伸ばせないどころか、子ども自身の人生を歩くことを親が邪魔してしまうことすらありますよね。

 

『自分の子だから』才能があるはず、ないだろう、という決めつけを外す考え方

 

出来るだけ、『自分の子だからこうだろう』という枠にはめずフラットな目線で子どもの適性を見たいなぁ、でも難しいな~と考えていた時、すごくヒントになる会話がありました。

 

二人のお子さんが既に社会人になっていて子育てがひと段落した方とお話ししていた時のことです。

その方が、「自分の子どもだから、なんでも自分で面倒みなくちゃ!ではなくて、いずれ社会に出ていく子供を預かってみんなで育てていくものだ、くらいに思って子育てした方がいいのかもしれませんね。」

って、お話ししてくれたんですよ。

 

それは共働きで親戚や実家の手を借りながら子育てしていた(今みたいに共働きが普通の世代ではなかった中で)話題から出てきた言葉でした。

 

それを聞いて私は、『預かって育てている』というくらいの感覚を持つと、『自分の子だから…』という思い込みフィルターを外せるのかな?って感じました。

 

子どもの才能を伸ばしたいなら、まず我が子をフラットな視線で見る

 

『自分の子だから…』と思うから必死に育てられるってことももちろんあると思うけれど、その必死さが子どもの重荷になったり、可能性を摘み取ってしまうことにもなる。

 

『子どもは自分のものだ!私の好きにしていいんだ!』と(自覚的に)思っている親は多くないと思います。

 

でも実際の行動はと言えば、まるで自分のものみたいに子どもの気持ちやその子の持っている適正は置き去りにした行動をとってしまう親は(私を含めて)少なくないと思うんです。

 

子どもが興味を持ってない習い事を、親の希望で無理やりさせたりするのも、その一つ。

 

『やっぱり私の子だから…』とついつぶやいてしまいそうになった時は一歩引いて、この子がこの子の能力を伸ばしながらこの子らしく大きくなるまでの間預かって育てているんだ、そんな風に考えてみるといいかもしれません。

 

もし、人の子だったら、まだ少ししかやっていないうちに「どうせこの子はダメだ」なんて思ったりしませんよね?

 

反対に親の想いを押し付けて、合っていないこと・適性がない能力・しかも本人がやりたがってないことを伸ばそうと躍起になるのはヘンだなってことにも気が付ける。

 

あえてフラットな視線で見ることが、結果的に子どもの才能を伸ばすことにも繋がる気がするんです。

 

自分のものではない、自分の分身ではない、ただ、めいっぱいの愛情を注いで毎日一緒に一番近くで過ごしている一人の人として我が子をみる。

 

そうすると今まで『私の子だからフィルター』に覆われて目に入らなかった、我が子の才能にも気が付くかもしれません。

 

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